台湾 空屋

中国語で空き家の意味をもつ「空屋(くうや)」は、建て主である空屋の運営者と、施工者の大工、そして空間をデザインする建築家が、ともに現場に住みながらリノベーションするという風変わりな手法により生まれた。拠点の共有や交換により人の流れがアジアを縦横無尽に飛び交うような新時代が、ここ、台湾・台北の空屋から始まっている。
 

この文章は、2019年2月に「西日暮里のシェアハウス」にて行ったインタビューをもとに構成した。
写真左から、鈴木宏明、神明竜平、渡邉 光、勝亦優祐、空屋のリノベーションを手伝った大石義高、丸山裕貴
 

「空屋」前夜

空屋を知るには、5人の主要登場人物についての理解が必要だ。
2019年初頭、空屋を運営する、鈴木宏明と神明竜平(スーパーゴリラパワー合同会社)はそれぞれに傷心していた。鈴木が経営している「日本一ハードルの低いレコード屋block」は、突然決まった建物の解体により移転を迫られていた。職場のみならず家でもあったため、職と住を同時に失うことになる。
一方、神明はお金から離れる生き方を実践し続け、芸人としてR-1ぐらんぷりに挑戦するも敗退、とうとうというか望み通り、貯金が底を尽きた。そんな同じタイミングで無職になった2人が新拠点に選んだのが、ここでなら人や国あるいは地域の特性が日本と行き来して新しい景色が見られる、という予感がした台湾だった。
3月から物件探しに毎月台湾、台北を訪れるも、賃料が高く、紹介された物件がほぼ廃墟で猫まみれだったり、ほぼ道のようなスペースで壁は隣のゲームセンターの躯体だったりと、台北で安価に拠点を持つハードルはなかなか高い。台北への訪問を続けていくと、現地での知り合いができはじめ、表に出ていない物件を紹介してもらえるようになり、6月にようやく音楽教室と住居だったこの物件に巡り合った。
 

台湾では内見に不動産屋だけでなく大家やその家族が大勢やって来る ©️鈴木宏明
 

台湾に物件を借りた頃の鈴木(左)と神明(右)©️鈴木宏明
 

勝亦優祐と丸山裕貴は、勝亦丸山建築計画を主宰する建築家。
近年、「設計」にとどまらず、企画、設計、運営までを一括で行う「デザイン・オペレーション」により2軒のシェアハウスを運営している。勝亦は自身も「西日暮里のシェアハウス」の住人で静岡県富士市と二拠点居住している。
このデザイン・オペレーションと二拠点居住は、空屋の重要な要素でもある。
 

勝亦(左)と丸山(右)©︎干田正浩
 

7月の終わり、もともと知り合いだった鈴木と神明に台湾拠点について相談された勝亦が台湾へ下見に向かう。この台湾訪問の件をSNSにあげて、「3週間一緒に台湾行ってくれる大工さんいないかなぁ?」とつぶやくと、知人を通じてフリーで大工をしている渡邉光(ヒカリワークス)を紹介された。突然、何も決まってないまま台湾に来てほしいと言われたら戸惑うところだが、独立最初の仕事がフィリピンの市役所の倉庫に3カ月滞在しながら施工、という状況だった渡邉には耐性があった。一言、「わかった」と引き受けた。妻子ある渡邉、勝亦は祭りの場で奥さんに挨拶し了解を得たという。
 

空屋で施工する大工の渡邉 ©︎勝亦丸山建築計画
 

こうして揃った5人は翌年、2020年1月、台湾で空屋に住みながら、プロジェクトをスタートさせた。
 

外観。一階が空屋。大学やクラブなどが近くにあり、賑やかな通りから一本入った静かな住宅地にある
©︎勝亦丸山建築計画
 

3週間でリノベーションする方法

今回のプロジェクトでは、勝亦丸山建築計画は通常でいう「設計をしない」関わり方を選んだ。
プロジェクト全体の予算は100万円。ここから大工の人件費や材料費を出すことを考えると、設計料は受け取れない。でも「スタートアップを応援したいし、自分たちも彼らから学びたい」という気持ちがあった。 今回は、「台湾とつながる拠点」という対価を設計料の代わりに得ている。
「運営するシェアハウスのユーザーが空屋を使えるようになって、台北のシェア別荘ができた。しかも、行けばだれかの知り合いがいて、ローカルの情報が手に入る。空屋を介して生まれるプロジェクトのどれかに関われたら面白いなと思ってます。建築を設計するという物事がスタートする機会に立ち会える職業でよかった」と勝亦は言う。「設計料をいただける仕事で会社としての体力を持って、面白いことができるチャンスには素早く対応できるようにしたい」と丸山は続ける。
通常、建物をリノベーションするには、概要やデザインを決める基本設計、見積もりや材料などを決めて工事に使う図面を描いていく実施設計…と数カ月の設計期間を必要とする。空屋では事前の基本設計や実施設計を廃し、日本で用意したのは描き起こしたリノベーション前の物件の平面図のみ。デザインは現地に着いてから行われた。
 

通常の設計期間(上)と空屋の設計期間(下)の違い ©︎勝亦丸山建築計画
 

平面図 ©︎勝亦丸山建築計画
 

「いろんな可能性を示した上でどれが最適かを見極めていくのが普段の設計。空屋では、その場での対応能力、コミュニケーション、瞬発力が求められた」と丸山。
初日に行った建材屋、店の主人はドラマ鑑賞に夢中だったので、店外の地べたで作戦会議。その場でデザインが決まり(基本設計)、材料の見積もりと調達(実施設計)が一息に行われた。
 

作戦会議中 ©︎勝亦丸山建築計画
 

これは、当事者が全員揃っていることによるスピード感だ。空屋はこれを繰り返すことにより、デザインされながら施工されていく。
 

使われながらつくる つくりながら使う

空屋には、はじめから明確な用途を決めないという方針があった。用途が決まっていない空間をデザインするにあたって指標になったのは、すでに半年近く空屋を使っている神明と鈴木、出入りする多数の人々、そして勝亦と丸山、渡邉自身が空屋に暮らしながら得た体感だった。
 

住みながらつくる ©︎勝亦丸山建築計画
 

空屋とはどういう場所なのか?神明と鈴木には、この場所から始めたいことがある。「台湾だけではなく、日本から台湾へ、台湾からアジアのほかの国へ、と言うように人の移動を促進していくということを考えています」と神明。
 

パートナーのNext Commons Lab(ネクストコモンズラボ)と共に、まずはここ台湾の空屋で日台協働プロジェクトを1000個つくり、アジアのネットワークの中で台湾をどう位置付けるかを見極めていくという。
なんと空屋は、台湾でプロジェクトをしたい人に無料で提供されている。しかも宿泊も可能。最初はハードル低く来てもらって、そのうち一緒に事業をやれたりすればいい。その入口をつくりたい、という。そう、空屋はすでに多数の住人によって使われたり住まれたりしていた。
 

リノベーション前の空屋。人がめちゃくちゃいる ©️鈴木宏明
 

「空気が淀んでいる場所はなくしてほしいというのはお願いしました」と鈴木。
 

正面から向かって左側のスペースはリビングとキッチンが狭く区切られていたため、「あんまり居たくない場所だった」と言う。
 

空屋の間取り
 

正面から向かって左側のスペースはリビングとキッチンが狭く区切られていたため、「あんまり居たくない場所だった」と言う。
 

エントランスとキッチンを隔てていた壁を壊す勝亦 ©︎勝亦丸山建築計画
 

「空屋に着いたとき、鈴木くんは石の床の上に薄いマットを敷いて寝ていて、なんかずっと咳き込んでいた…」と丸山は言う。
工事中にもかかわらず大勢の人が出入りして同じく床で生活していたため、安全面や衛生面を考えて、当初は工事順序の優先度が低かった二段ベットの製作をまず初めにすることにした
 

寝室 Before ©︎勝亦丸山建築計画
 

寝室 After 石の床のみだった場所に寝床が出来た ©️渡邉 光
 

さらに、赤い部屋の奥には、寝床その2になるロフトもつくられた ©️渡邉 光
 

「「ベットをつくったそばから自分が寝るみたいな」と渡邉は笑う。
住んでみて、次に必要だったのが家具。予算的優先度は低かったので、「もしかしたら拾えるかも」という淡い期待を胸に、リサイクル家具などが並ぶ通りにソファをディグりに行った。 (蛇足かもしれないが、ディグるとはDJなどがレコードショップで山のようにあるレコードからお宝を発掘する所作から転じて、単に「いいものを発掘する」の意味で使われている。)
 

家具をディグり中 ©︎勝亦丸山建築計画
 

ディグりに成功して椅子を購入 ©︎勝亦丸山建築計画
 

「あっ!」っと声をあげた勝亦の方を見ると、家具屋の前にソファが立っていた。
 

ソファが立っていた ©︎勝亦丸山建築計画
 

売り物か廃棄物か迷う状況、渡邉の「これはいけるやつだよ」という冷静なコメントに押され、神明がもらえることを期待しつついくらか聞くと「いいよ、持っていきな」と店主。拾えた! 空屋にソファがやってきた。
 

早速使う ©︎勝亦丸山建築計画
 

早速使う2 ©︎勝亦丸山建築計画
 

空屋が「すでにイベント会場であった」ことも参照された。8月からさまざまなイベントが行われている。
 

「Urbanist Meetup Taipei」建築やリノベーションや街づくりを愛する人が集まるイベント。
2019.11.17 ©️鈴木宏明
 

「固有振動抵抗」現代美術作家 藤倉麻子と、ミュージシャンermhoiによる初の共同インスタレーション。
2019.11.24-29 ©️鈴木宏明
 

以前は受付を行うエントランススペースがなく、ドアを開けるとすぐにイベントスペース(向かって右の白い部屋)というつくりだった。
 

正面 Before ©︎勝亦丸山建築計画
 

壁を抜いたことでつながった左側(のちの赤い部屋)の屋外だったスペースに透明の壁を設けることで内部空間とし、残した壁の部分を受付にも使えるカウンターにした。
 

正面 After ©️渡邉 光
 

エントランススペースを外から見る ©️渡邉 光
 

エントランススペースを中から見る ©️渡邉 光
 

訪問者や滞在者の多い空屋。「靴が散らばっているのが気になったので靴箱もつくりました」と勝亦。これもすでに使われていた場所だから気づいたことだった。
 

必要に応じてつくられた靴箱 ©️渡邉 光
 

白い部屋は、そのままでもいい感じだったので、少し白いペンキで塗り直したくらいで留めた。手を加えた左側の部屋を赤くすることで、ほぼ手を加えていない白い部屋も引き立つように計算されている。もう一つ、「すでにイベント会場であった」ことが参照され、空間を仕切れて、つなげればスクリーンになる間仕切りも3枚つくられた。
 

1枚ずつに分割も可能 ©️渡邉 光
 

リノベーション後の空屋では、早くもイベントが行われ、新しい空間が効果的に使われている。
 

「100%片思い〜台湾と繋がりたい3人の日本人展〜」日本で活動する3人のイラストレーター赤池完介、山下航、伊集院一徹が"台湾と繋がりたい気持ち"を詰め込んだ展示。
2019.2.14-16 写真提供:鈴木宏明
 

勝亦が涙したエルサのデザイン・オペレーション

完成したスクリーンで深夜にプロジェクトメンバーで観た『アナと雪の女王』、勝亦には深い思い入れがあった。映画館で観たときに「俺がやりたいのはこれだ!」と号泣したというのは、映画の公式トレーラーにもなっているエルサが城を築いていく有名なシーン。
「階段をつくりながら登っていく、今必要だからつくる、そして出来たものが美しい。これがデザインオペレーションだ」と。
 

渡邉娘作「エルサ」
 

丸山からは「それはデザインビルドでは…」と突っ込まれながらも、神明も「みんなが映画見ている横で自分でつくったベットで寝ている渡邉さんを見て、こういうことがやりたいんだというのは伝わりました」と笑う。(デザインビルド方式とは、公共工事において設計と施行を一括発注する方式のこと。 同一企業体が設計と施工を行う)
名称はともかくとして、今回用いられた、住みながら必要に応じて即興的に空間をつくっていく手法は、スタートアップの拠点をつくる上ではマッチした。 「建築って基本的には竣工時そのまま使われているのがよしとされて、変化については、『こんな風に変わっちゃったんだね』とマイナス言語で語られる。でも、竣工時にピークを持ってくるというのは、今のストック型社会とマッチしてない」と丸山。「大事なのは初期のコストを低くすること。これはスタートアップにも通じること」と続ける。
 

勝亦は「不動産価値は一般的に建物が建った瞬間がピークで、減少していく。小刻みに修繕することで、価値をふわふわさせていく未完の竣工という状況をつくる」と言う。
 

勝亦丸山建築計画の運営する西日暮里と荻窪の2軒のシェアハウスも、使い方を見ながら、住まい手とながら、随時、改修をしている。
デザイン・オペレーションで表現するのは、デザインに時間軸を取り込むこと。建築を語るときに用いられる映画のシーンというよりは、漫画の一コマ中に5年前と今が同時に存在するような、時間的な流れが見える異時同空間だという。
 

日台大工の協働

空屋にはもうひとり、影の立役者がいる。台湾の大工、ウーさんの存在がなければ完成は難しかった。
今まで使用されていなかったドアを使用したため、お隣の床屋から「開閉音がうるさい」とクレームがきた。そこで大家に相談し、ドアを修理することに。すると「大工を手配してくる」と言って大家が入って行ったのは向かいの家。午後になりお向かいから来た大工、それがウーさんだった。以来、ウーさんは空屋によく遊びに来るようになり、「ここには棚がいる。ここには花を置く」とデザインし始めたり、壁をぶち抜いたり。
 

ナチュラルに手伝う空屋の向かいに住む台湾の大工、ウーさん ©️渡邉 光
 

実は、工期には、誤算があった。台湾の旧正月中は工事ができないことが判明したのだ。これにより、工期は3週間から2週間に強制短縮。日本から持ってこられなかったコンプレッサーを貸してくれたウーさんがいなければ竣工できなかっただろう。
 

ウーさんが厚意で貸してくれた道具 ©️渡邉 光
 

いつしか、日本の大工である渡邉と台湾の大工ウーさんは同じ職人同士の絆を深めた。最終日、お礼にと渡邉は愛用の鑿(のみ)をウーさんに渡そうとしたら「持っているからいらない」と断られた。「大工が鑿を渡すって、かなりの覚悟がいることだったんでなんかショックでした」と渡邉は笑う。
 

日台大工の協同が自然発生したことからも、空屋に神明と鈴木のバイブスが空間デザインとして現れているといえる。お隣の床屋は、その後、空屋の外に洋服をかけていたのを見かねて物干し竿をくれた。「周りのおじさんたちと仲良くなったのもデザイン・オペレーションですね」と神明。
 

大工のウーさんと渡邉 ©️渡邉 光
 

勝亦と丸山の台湾滞在は1週間のみ。残った渡邉には日本からメッセンジャーで指示を出した。
 

1月22日に送られた天井ルーバーの指示図面
 

完成形
 

1月24日には、壁の塗り分けの指示。「5〜6色で塗り分けてほしいって高度な指示がメッセンジャーできて。大工なので普段は塗装や左官はしないんですけどね…」と苦笑い。
 

実際のメッセンジャー画面
 

指示図面
 

明るい場所はより明るく、暗い場所はより暗い色で塗り分ける事で空間の明暗を強調した 
 

カウンターテーブルのスペーサーの指示は工事最終日前日の1月30日。
 

スマホに送られてきたラフスケッチからこれをつくる渡邉の読解力
 

工事中にも人の出入りは絶えなかった。「こういうのって、労働搾取的ワークショップになっちゃうことがよくあるんだけれど、タダで泊まれるという枠組みがいいから、ここでは人が絡むのが普通の流れだった」と勝亦は言う。
 

自然に作業に加わる「空屋」の滞在者たち ©️渡邉 光
 

「未だかつて人類が経験したことのないバイブスを現出する」というスーパーゴリラパワーの標語。
鈴木のバイブスな人をディグる能力(神明いわく「バイブスクリエーター」)と空間づくり、お金じゃない価値を知り土地の特性をディグる能力に長けた神明のアイデアが、すでに未知のバイブスを起こしつつある「空屋」。
旅行するのではない、その土地に住んでみる、しかも無料で、という空屋の特殊性が日本と台湾の文化や人の交流をスムーズにしている。自分の持つ拠点と誰かの持つ拠点の相互利用、バイブスの交換や国や土地の価値観の移動という、貨幣経済に変わる新しい世界が、日本とアジアをつなぐ空港のような、ここ「空屋」から始まっている。
 

事業主スーパーゴリラパワー

設計勝亦丸山建築計画

施工ヒカリワークス

©2015 KATSUMATA + MARUYAMA ARCHITECTS